ハンセン病問題基本法

  ハンセン病問題は、まだ終わっていません
  ハンセン病問題ハンセン病問題基本法の制定と
  ハンセン病問題ハンセン病問題全面解決をめざして

ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会



Q1
「ハンセン病問題」って、
なんですか?
 ハンセン病にかかったことで、国の政策により療養所に終生強制隔離され、いまだにその被害が続いていることです。ハンセン病は、「らい菌」によって引き起こされる慢性の感染症です。「らい菌」の病原性は弱く、感染してもほとんど発症しません。なのに、日本政府は「癩予防ニ関スル件」(1907年制定)、「癩予防法」(1931年制定)を制定し、ハンセン病患者を療養所に一生、強制的に隔離する政策を進めました。戦後まもなく特効薬が日本でも普及し治る病気になっても、さらに「らい予防法」を制定し、長年にわたって強制隔離政策を続けてきたのです。
 「らい予防法」がようやく廃止されたのは、1996(平成8)年になってからのことでした。今も、全国13カ所の国立ハンセン病療養所に2,800名余りの方が暮らしています。ハンセン病自体は数十年も前に治った方ばかりです。

 

Q2
ハンセン病の患者さんは、
どのように「強制隔離」されたの?
 ハンセン病とわかると、ふるさとや家族と引き裂かれ、療養所へと強制隔離されました。全国で、競い合うように官民一体となって自分の県から「らい」患者をなくすための「無らい県運動」が行われました。警察官や役人が患者をしらみつぶしに探索し、次々に強制収容していきました。患者の家には白い予防着に長靴の役人達がやって来て、家中真っ白になるまで消毒しました。
 政府はこうして、「ハンセン病は恐ろしい病気だ」という偏見や差別意識を社会の隅々にまで広げていったのです。
 「あの家には患者がいるぞ」という噂だけで、本人ばかりか家族まで偏見の眼で見られ地域社会から排除されてしまい、ハンセン病になったら最後、社会の中では生きてゆけない状況が作り上げられてしまったのです。

 

Q3
ハンセン病療養所の中での生活は、
どんなものだったの?
 療養所に入れられるということは、自分の名前までも奪われ、たとえ病気が治っても死ぬまで出られない、ということでした。入所の際、患者は「ふるさとの家族に迷惑をかけないように」と偽名
を使うよう求められました。そして自分の「解剖承諾書」にサインをさせられました。
 療養所には、火葬場、納骨堂、監禁室が併設されていました。
 療養所の中では、療養するどころか、土木作業、炊事洗濯、重症患者の世話、療友の火葬、屎尿処理等、あらゆる強制労働を強いられました。職員に反抗的とみなされたり、逃走を試みたりすれば、すぐ監禁室に入れられました。
 入所者同士の結婚は逃走を防ぎ、療養所に定着させる目的のために管理者は認めましたが、条件として男性には断種手術が強要され、妊娠した女性は強制堕胎させられました。子どもを産み育てることは決して許されませんでした。生きて生まれた赤ちゃんも殺されました。

 

Q4
社会や家族との関係は、
どうなってしまったの?
 ハンセン病患者は、強制隔離収容によって、家も、学歴も、仕事も、家族も、それまで築いてきた社会での基盤をすべて奪われました。そして、社会の中で平穏に生きる権利、ありうべき人生の可能性を奪われてしまいました。
 他方、社会に残された家族も、「親族にハンセン病患者がいる」ことで村八分にあい、いじめ、離縁、離婚など、厳しい偏見差別による被害を受けてきました。患者が愛する家族を守るため
には、音信を断ち、存在を隠し続けるほかありませんでした。そうやって、ふるさとや家族との関係も断絶されました。
 病気が治っても、家族のもとへは帰れない、社会にも出られない状況が作られてしまったのです。

 

Q5
ハンセン病国賠訴訟って、
どういう裁判だったの?
 1996(平成8)年、「らい予防法」はようやく廃止されましたが、国は、隔離政策の過ちや、ハンセン病元患者、家族が受けた被害に対する責任を認めたわけではありませんでした。法律が廃止されても、尊厳ある生活、社会復帰の実現、偏見差別の解消にむけた施策などは、探られないままでした。
 そこで、元患者の方々は、「国の責任を明確にしたい」「人間としての尊厳を回復したい」という思いから、国を相手に裁判を起こしたのです。
 2001(平成13)年5月11日、国の隔離政策の誤りを断罪する原告全面勝訴の判決が出されました。そして、この判決は確定し、国の法的責任が明らかになりました。原告の方々は、「ようやく人間になれた」と口々に叫びました。

 

Q6
裁判に勝って、ハンセン病問題は、
もう解決したんじゃないの?
 いいえ。今も、たくさんの問題が残っています。

偏見差別の問題
 裁判に勝った後も、ホテルの宿泊拒否や病院での診療拒否などの問題が後を絶たず、社会の中には、元患者の方々への偏見や差別意識がいまだに根強く残っています。

療養所の将来構想の問題
 入所者の平均年齢は約80歳に達し、高齢化に伴って、入所者は年々減っています。このまま人数が減っていくと、残された入所者は本当に孤独で寂しい状態になってしまいます。医師や看護師など職員の数も減らされ、医療機関としての存続に大きな不安を抱えています。
 このような中で、入所者が最後の一人まで、尊厳を持って、社会と遜色のない生活を送り続けるためには、今なお隔絶された療養所を、地域や社会に開かれた施設にする必要があります。そして、市民との共存共生を入所者は望んでいます。
 ところが、国は、入所者以外の一般市民が療養所を利用することはできないとして、療養所を社会へ開放することを拒否しています。

社会内で生活する方々の問題
 社会内には、長年の間ハンセン病の既往歴をひた隠しにして生きてきた療養所退所者や、数は少ないですが療養所への収容を免れて社会内で偏見差別に耐えながら生きてきた非入所者、そして判決後に初めて社会復帰を果たした退所者など、ハンセン病回復者が生活しています。
 これら社会内で生活する方々についても、社会に根強く残る偏見・差別の中で、十分な医療を受けることもできず、地域社会で暮らしていく上での多くの課題が残されたままの状況です。

 

Q7
「ハンセン病問題基本法」って、
何ですか?
 ハンセン病問題を根本的に解決するには、いま、新しい法律を作る必要があります。それが「ハンセン病問題基本法」です。
 現在の法律(「らい予防法の廃止に関する法律」)では、療養所を地域社会に開放することはできないとされており、そのため国は療養所の将来の問題に消極的な姿勢をとり続けています。この状況を打開するには、新たな法律の制定が不可欠です。また、現在の法律にはハンセン病回復者の権利の実現、被害の回復という視点は全くありません。
「ハンセン病問題基本法」は、裁判所が認めた国の法的責任をふまえ、誤った隔離政策による「被害の回復」という位置づけから、療養所の将来の問題に対する法律の障害を取り除くとともに、社会復帰・社会生活の支援、偏見差別の解消などのいまも残る様々な問題を、国と地方公共団体が責任をもって解決することを定める法律です。
 

Q8
ハンセン病問題の解決のために、
私たちには何ができるの?
 まず、国の誤った隔離政策によって社会の中で平穏に生きる権利、あるべき人生を奪われてしまったハンセン病回復者の方々の被害とその歴史を一人でも多くの人に知ってもらうことが必要です。
 現在、「ハンセン病問題基本法」制定実現のため、100万人署名をめざして運動がはじまっています。せひ、この署名活動に協力することからはじめましょう。
 そして、私たちがめざすのは、ハンセン病回復者の方々が、偏見差別を受けることなく、尊厳を持って、私たちと「ともに生きる」ことができる社会を実現することです。

 
ハンセン病療養所の将来構想をすすめる会の構成団体

全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)
ハンセン病違憲国賠訴訟全国原告団協議会(全原協)
ハンセン病違憲国賠訴訟全国弁護団連絡会(全弁連)
ハンセン病市民学会(市民学会)
全日本国立医療労働組合(全医労)
ハンセン病首都圏市民の会(首都圏市民の会)

 
連絡先

〒189-0002 東京都東村山市青葉町4−1−10
全国ハンセン病療養所入所者協議会(全療協)
TEL O42(396)2052 FAX O42(397)1867